荒川河川敷~埼玉方面で練習している、トライアスリート、IRONMONのブログです。「志」と「肘」と「ケイデンス」と「腰」は高く!
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2011 IRONMAN CANADA 参戦記 Final 「帰国、あとがき」
2011年10月12日 (水) | 編集 |
たくさんビールとワインを飲んだが、すこぶるいい気分で起きることができた。少なくなった荷物をスーツケースにいれ、準備を整えた。飛行機の時間まで余裕があったが、何かあったら困る、ということで早めに空港にいくことに。

モーテルから空港へタクシーで行こうと思っていたのだが、海外でタクシー会社に電話して呼ぶのは初めての経験。とても緊張して部屋の電話をとった。しかし!ここで混乱してしまった。部屋の電話から外線電話を掛ける方法がわからない。ゼロ発信でもダメ、市街局番以降の番号をかけると、他の部屋への内線電話みたいになってしまう。2人であたふたしてしまった。

「ちかくの大きなホテルまで移動して、呼んでもらうしかないか???」

と、最後の最後にプチ混乱。飛行機に乗り遅れたらシャレにならない。

ふと、自分のiPhoneに目がとまった。そうだ、カナダはパケットし放題対象外地域だが、電話をかけることはできる。こちらに来てから1回もかけてないし、パケットも切っていたから、タクシーの予約電話くらいの通話時間なら、大したお金はかからない。

すこし勇気を出してiPhoneで電話。あっさりタクシーを呼ぶことができた。タクシーの運転手は、自分よりも背が低い、スキンヘッドのマッチョマンで、いかつい見た目に反して、非常に気さくで感じがよかった。

「一昨日のレース完走したのかい?すごいね!俺には絶対できないぜ!」

と話しかけてきてくれた。運転も非常に安全で快適だった。無事に空港に送ってくれた感謝の気持ちも込めて、チップは多目に払った。

自分たちが1番のりか2番のりくらいで、空港はガラガラだった。チケットを受け取り、バンクーバーから成田への便の席をみたところ、またしても4列シートの真ん中2つ・・・。さすがにこりごりだったので、変えてもらうことができるか、交渉することにした。遠征中、この手の交渉はほとんど自分がしてきたが、奥さんに「こういったらいいんじゃない?」という言い方を伝えて、奥さんにやってもらうことにした。

こちらもあっさりできた。すぐにチケットを破棄して、空いているところを見せてくれて、新しい席を確保できた。これで少しはゆったりと帰れると、このときは思っていた。

しばらくして、Tiki Shoresにステイしていた一行や、同じ便に乗る人が一気に集まってきた。すごい混雑だったので、早めにきたのは正解だったと思う。

飛行機に搭乗して席に座り、窓の外を見ながら思いにふけていた。これでペンティクトンともお別れ。次に来れるのはいつだろうか。でも、いつかまた来たい、いや、帰ってきたい。奥さんに「いつかまた、いっしょにこようね」と声をかけ、眠りについた。

バンクーバーのトランジットでは買い物をしたり、軽食をとったりして過ごしていた。バンクーバーまで来ると、日本人が結構多くいて、あちこちで日本語の会話が聞こえる。空港内はあちこちでフリーで無線LANが使えるので、iPhoneやPCで、FB、Twitter、メール等で届いたメッセージに、お返事を書くことができた。

バンクーバーからの帰りの飛行機は、2人で座れる席だったのですこぶる快適だった、と言いたいところだったが、実はそうではなかった。前後横の席に小さいお子さん連れが座ったため、泣き声がすごく、あまりよく眠れませんでした(苦笑)

成田空港について、真っ先に「蒸し暑い!」といってしまった(笑)。バンクーバー、ペンティクトンの気候は非常に快適だったので、もうカナダが恋しい(笑)

荷物を受け取り、うしださん、かしまさん、おりちゃん達一行、ホンダさん、イリエさん、サイトウさん、オガワさん、ヒコイさんにご挨拶して、税関をあとにした。外にでると、駐車場の係員の人が、愛車のモンプレッサを持ってきてくれていた。久しぶりに会う愛車が可愛くて仕方ない。

レースとロングフライトでかなり疲れていたが、集中力を保ち、帰宅した。
家に到着後、選手の証のリストバンドを奥さんに切ってもらい、IRONMAN CANADAの遠征が終わった。

DSC_0267.jpg


---------------------------------------------------
(あとがき)

非常に長く、読みづらかったとおもいますが、最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

IRONMAN HAWAIIの出場権獲得という、大目標は今回も叶えることはできず、とても悔しくて、寂しいのが本音です。しかし、積み上げてきたプロセスによって、レースの結果は生まれるものでありますので、自分はまだまだ積み上げが不足していて、実力が足りなかった、ということです。今回のレースは特にそれが実感でき、同時に、「あとどれくらいがんばればいいのか」というのも見えてきました。

また、自分の中では大きな進歩を感じることができました。まだまだ伸びます。

次のIRONMANレース予定は今のところありませんが、小さな目標をたてつつ、トレーニングは積み上げていこうと思っております。

最後に、奥さんへ

レースに出たかった気持ちをグッと押さえて、レース前後、サポートに徹してくれてありがとう。本当に感謝してます。今回もHAWAIIとれなくて、連れて行ってあげられなくて、ゴメンね。けど、いつか必ず、連れて行ってあげられるよう頑張るから、これからもよろしくね。
---------------------------------------------------
スポンサーサイト
2011 IRONMAN CANADA 参戦記 その8「6日目 アフターレース」
2011年10月11日 (火) | 編集 |
本参戦記は、もう少しだけ続きます。今しばらく、当方の駄文・長文にお付き合いください。m(__)m

----

意外とぐっすり眠れました。ただ、さすがに脚は筋肉痛になっていました。最近は、ロングライド&ブリックランをやっても、次の日は脚が張っている程度で、筋肉痛にはならなかったのですが、やはりダメ―ジが大きいです。

この日、お目当てのものがありました。それは、朝7:00からオープンする、フィニッシャーグッズ販売。楽しみにしていたものの一つなので、朝食をとって、少しゆっくりしてからMOTELを出ました。この時、7:30を回っていたと思います。

会場のオカナガン公園にいくと、なにやらすごい行列が公園の外まで続いていました。並んでいる人に聞いてみたところ、

「これは来年のボランティアのレジストレーションの行列だよ」

と教えてくれた。

へ~!!!!来年のボランティアの登録にこんなに並ぶんだ!と驚いた。じゃあフィニッシャーグッズは大丈夫なんだ、とおもってテントに近づくと、警備の人に止められた。

「これは並ばないとダメだよ」

あれ???

「あ、そうか」

とすぐ気づいた。さっきの人が教えてくれたのが誤りで、公園まで続いているのがフィニッシャ―グッズの行列だったのだ。

公園には以下3つの行列ができていた。

(1)フィニッシャーグッズ
(2)2012年大会のエントリー
(3)2012年大会のボランティアのエントリー

どれもものすごい行列だった。あとから聞いたが、フィニッシャ―グッズは6時の時点で行列ができていて、7時からのオープン後、入場整理をしながら販売を開始したようだった。

並び始めて1時間30分、ようやく中に入れた。フィニッシャーグッズはなかなかのデザインで、自分はバイクジャージがとても気に入って、夏用と冬用、両方とも大人買いをしてしまった。これは、自分にとっては、非常にめずらしいケースである。

DSC_0203.jpg DSC_0205.jpg
【夏用 前デザイン&冬用 後デザイン】

ちなみに、一番人気は冬用のバイクジャケットで、これはもうすでにSOLD OUTしていた。ただ、自分の名前などをプリントできる、スペシャルオーダーの物は別途、受け付けていた。

テントから出ると、同宿のホンダさん、イリエさんにばったりとお会いした。レースでのこと、グッズのことなど、いろいろお話した。ふと、バイクの運搬について尋ねてみた。


-------------------------------------------------------------
ここでバイクの運搬について説明すると、IRONMAN CANADAでは、AIR CANADAを利用する人に限って、ペンティクトンの町でバイクの荷物のチェックインを受け付けている。ここでチェックインしたバイクは、なんと、成田までスルーで運んでくれる。しかもノーチャージ。
※ペンティクトンからバンクーバーまでトレーラーで運び、自分が乗る飛行機に受託荷物として積んでくれる。

ただ、MOTELからチェックイン会場のレイクサイドリゾートまでは、歩く分には大したことない距離だが、箱詰めしたバイクを運ぶにはかなり労力を要する。タクシーを呼ぶしかないか、とも考えていた。
-------------------------------------------------------------


お尋ねしたところ、ペンティクトン在住の友人にトラックに載せて運ぶそうだが、よかったら一緒に運んでもらう?と声をかけていただいたので、私と妻は即、御願いさせていただいた。12時にMOTELに来るそうなので、それまでに梱包すればOKとのこと。

妻と相談し、自分はロールダウンを見届けるためにここに残り、妻には先に戻って梱包を進めてもらうようにした。可能性は極めて低いが、見届けることが重要である。残るよう、言ってくれた妻には深く感謝した。

ロールダウンは2012年のエントリー会場のテントで11:00から開始だったので、あと30分以上ある。なので、芝生の上に寝転んで、いろいろなことを考えていた。

11:00予定だったが、15分遅れてロールダウンの発表があった。割と多くのエイジでロールダウンが発生した。ちなみに自分のエイジは3枠あり、13位まで落ちてきたが、それでもサブ10。まだまだ自分は実力不足であることを痛感した。

ロールダウンでは、ドラマというか笑い話というか、面白いことが起きた。

たしか45歳か50歳の女性のエイジだったと思うが、名前をコールしても返事がない。しかし、そのコールされた人の友人がすぐさま駆けつけてきて、

「彼女は今、となりのテントでマッサージを受けている!!!!」

そうすると、係の人が笑いながら

「OK、じゃあ、10秒まつよ!」(もちろん厳密に10秒ではない)

友人がコールされた人のところに駆け寄ると、その人はまさにマッサージの真っ最中でオールヌードだった。自分がロールダウンでコールされていることを聞くと

「本当!??!!」

と、飛び起き、マッサージベッドにあったシーツか大きなタオルだけを巻いて、書類を受け取りにきた。その飛び起きた際に、完全にヌードが見えてしまって、周りの人が

「Oh!!!!She is Naked!!!」

と叫んで大爆笑。ちなみに私も見てしまった(笑)。これには、名前をコールする人も大爆笑だった。となりにいたうしださんと「ええもんみれましたね~~」と盛り上がった。

ロールダウンが終わった後は、すぐさまMOTELに戻って、バイクの梱包作業。本当に12時ギリギリで、あたふたしていたら、バタンとドアがあいた。

「オソイヨ~~~」

と背がとても高い、カナダ人の方が入ってきた。名前はケリーさん。前述の、ホンダさん、イリエさんのお友達で、奥様が日本人の方。日本語がとても上手で、地元ペンティクトンで税理士をやっているそうだ。なんとか梱包が済んだので、ケリーさんの運転するトラックで運ぶことができ、無事にバイクを預けることができた。これで、明日はスーツケース1個だけで空港にいけばOKだ。

DSC_0211.jpg DSC_0214.jpg
【巨大なトレーラーで運搬&ケリーさん一家、ホンダさん、イリエさんと】


本当に、本当に、助かった。あまりにも御世話になったので、丁重に御礼を伝えた。後日手紙を書きたいと思っている。

MOTELに戻ってきて、ゆっくりしていたら、イリエさんが僕らの部屋を訪ねてこられて、「日本料理屋にランチにいくけど、ご一緒にいかがでしょうか?」とのこと。行き先は「ISSHIN」という店で、行きたいと思っていた店だった。もちろんOK、とのことで、先に行っておいていただき、後から追いかけた。

ISSHINはメインストリートから少し入ったところにある店で、大変キレイで、思ったより大きな店だった。日本人夫婦がオーナーで、残念ながらこの日はご主人はご不在だった。

妻は寿司ランチ、自分は照り焼きチキンのランチボックスをオーダー。これが美味しいうえにボリュームたっぷりで、食べきれないほどだった。しかも、サービスで巻き寿司や、揚げ出し豆腐までいただいてしまった。ペンティクトンで食事するなら、絶対ここがいいですよ。日本語OKですし。

__ 3
【ISSHIN テリヤキチキン ランチボックス】

ランチ後は、ホンダさん、イリエさんと別れ、ゆっくりと散歩しながらMOTELに帰った。少し振り返ると、こちらに来てから、いや、来る前からが正しい。色々な人に助けられてきた。自分の力だけでは、今回の遠征は成し遂げることはできなかった。また、現地の人の優しさには本当に救われた。本当に暖かい暖かい街だった。

完走ゲートが片付けられ、ブースもなくなった街は、元の静かな田舎町に戻りつつあった。どことなくさびしいが、これが本来の姿。この姿を目に焼き付けておくのが大事だと思う。

MOTELに戻り、部屋でゆっくりした。バイクがなくなった部屋は広く感じる。ベッドの上に寝転びながらいろいろなことを考えていた。

アワードパーティは、カーボパーティと同じ会場だった。食事内容も同様だが、すでにペンティクトンを去っているアスリートもいるため、スムーズに会場に入ることができた。

アワードは国歌斉唱に始まり、各エイジの表彰、ハイライトビデオの放映など、これまで出場してきたIRONMANと大体同じだった。日本人では、65-69でオガワさんが2位で入賞。盾と賞品のTIMEXの時計を拝見させてもらった。

まだまだ実力不足だが、いつか必ず、どこかの大会で入賞したいといつも思っている。
DSC_0235.jpg DSC_0247.jpg
【オガワさん2位!!&みんなで集合写真】


アワードが終わった後は、Tiki Shoresにお邪魔し、夜遅くまでビール、ワインを飲みながらIRONMAN談義にあけくれた。出会ってからわずか1週間くらいだが、過酷なレースを乗り越えた者同士というのは、不思議なことに、すぐに打ち解け、連帯感が生まれる。

笑いあり、涙あり。

ふと、こういうのをしばらく経験してないことを思い出した。最近の自分はどこか殻に閉じこもっていた。レースの前も後も。こういう時間こそが、後々大きな財産になるのだと思う。

DSC_0254.jpg DSC_0256.jpg DSC_0257.jpg DSC_0258.jpg
【Tiki Shores ビール&ワイン&IRONMAN談義】

ビール、ワインでいい気分になり、少し肌寒いペンティクトンの夜の街を歩いてMOTELに帰り、いい気分で大の字になって眠りについた。
2011 IRONMAN CANADA 参戦記 その7「5日目 Race Day」
2011年09月07日 (水) | 編集 |
朝の目覚めはよかった。日本から持ち込んだ食料をたくさん食べて、オレンジジュースとバナナも摂った。忘れ物がないか何回も確認し、モーテルを後にした。

ボディマーキング、スペシャルニーズ、バイクの最終チェック。メーター、空気圧、補給食、変速の調子の確認。着替えのテントの後の順路の確認。その他、事前確認ができるものはすべてやっておいた。

しばらく時間があったので、木陰に座ってリラックス。「たっているなら、すわっていろ。すわっているなら、寝てろ」だ。

そろそろ入水の準備だったので、ホットクリームを手のひら、足の裏、胸のあたりに塗る。事前の試泳で、このあたりが、非常に冷たくなっていたのに気付いたので、塗った。あとは、大腿部にも。今日の要だ。

ウェットを着て、プレスイムバックを預けるところで、偶然にもフェンス越しに奥さんを見つけることができた。肩周りのウェットの修正をしてもらい、動きやすくしてもらった。準備ができたところで、スタート前の記念撮影。パチリ。

2011_IMC_race10.jpg

入水し、十分にウォームアップ。とても大事。往路の目標物、復路の目標物も確認した。

しばらくしてプロのスタート前のセレモニー。カナダの国歌斉唱。カナダの国歌は初めて聴いた。数十人ほどのプロが、エイジの15分前にスタートした。

2011_IMC_race07.jpg

その後、しばらくウォームアップし、ふたたびスタート前のセレモニー。国歌斉唱も同様に行う。一気に会場が盛り上がる。自分を含めた選手全員、一気にテンションがあがる。日本のレース同様、フォーンの音でスタートだった。2011 IRONMAN CANADAのスタートだ。

2011_IMC_01S_01_start.jpg

【スイム】
スタートして、一気に周りに囲まれる。例によってドタバタするが、自分はスタートダッシュせずにマイペースを貫く。カナダの人はぶつからないと聞いていたが、そんなことはない。ぶつかってくるし、進路も譲らない。しかも、こちらは小舟で、向こうはタンカー。進路をずらされる。ただ、コースの幅が非常に広いため、我慢していたら落ち着いてきた。

しばらくして、あきらかにお腹の出ている男性が、非常にリラックスし、かつ大きな泳ぎをしていたので、 
その方をペースメーカーにする。この男性についていくことで、折り返しまではスムーズにいけた。

しかし、折り返し付近のコーナーリングで、進行方向への割り込みなどの混乱で、見失ってしまった。同時に、少し水を飲んでしまって、呼吸がつらくなる。ちょっと落ち着くまでは我慢し、そのまま復路へ。いいペースメーカーはなかなか見つからず、また、コーナーリングで変な力が入ってしまって、脚の筋肉がピクピクする。我慢の泳ぎはしばらく続き、その後は集団の中でまったりと泳いでしまってスイムフィニッシュ。不満のタイム。

2011_IMC_01S_02_finish.jpg
【ちょっと不満気な顔?】

スイム: 1:01:11 (153位 エイジ24位)

【T1】
名物、ウェット脱がしのボランティアに手伝ってもらい、テントへ。テントの中でかしまさんと一緒になる。ブルージャージ(Yジャージ)、CRAFTのアームカバー、グローブ、足を軽く拭いて靴下、バイクシューズ、ヘルメット、サングラス、補給食。すべて確認してテントを後にした。やや時間がかかってしまった。

T1: SWIM-TO-BIKE 6:22

【バイク】
bike1.gif

bikeprof.gif
<バイクコース、コース高低図 オフィシャルサイトより引用>

スタートしてまっすぐメインストリートをいく。街中から湖畔までは追い風基調か?心拍がなかなか落ち着かない、というか、正常な値を表示しない。170オーバーになってる。なので、無視し、感覚を研ぎ澄ませて、練習のときと同じくらいの感覚で、ぺダリングする。スイムで濡れていたのもあって、少し寒い。

後ろから、どんどん巨大なライダーが抜いていく。前述のとおり、こちらは普通車で、向こうはトレーラー。ただし、非常に紳士的。道をゆずると、「Thank you」と優しくお礼をいう。こういう余裕が大切なんだろうな。

スカハ湖を右手に湖畔の道をゆく。すでに、粗い路面でパンクしている人が何人もいた。自分も気をつけなくてはいけない。

2011_IMC_02B_01_start.jpg 2011_IMC_02B_02_start.jpg

いくつかの軽いアップダウンを超えた後、Mclean Creak Rdへ。ここからは少し登る。最初のエイドステーションもここだ。登りに入ってすぐに気づく。

「周りの選手は登りが遅くないか?」

自分は決して登りは速くないが、明らかに周りが遅く、抜ける。今日は登りで頑張るのがポイントか。

しばらくしてエイドステーションが。。。ってここでマジでずっこけそうになった。なんとボトルキャッチャーが巨大なピンクなブラジャーだった。

2011_IMC_race03.jpg

しかも、ボランティアもピンクのブラをしていた(もちろん、おじさんも)。これは笑うしかなかった。ちょうど奥さんもこの辺にいたのだが、ご覧の表情。笑うしかない。

2011_IMC_race01.jpg

登りきった後は、いい感じの下り。スピードはまあまあ。見通しもよく、気持ちよく下れる。下り切った後は、Osoyoosまで平坦基調。かなり道幅も広くなる。ここでもスコーンとトレーラーたちに抜かれる。こっちだって遅いわけではない。40㎞/hとかも出ているのにだ。平地なら45km/hとかじゃないと、話にならないんだろうなあ。

しばらくすると、うしださん、Dr.ヒコイさんにパスされる。平坦基調のところでパスされると、いよいよもって「俺って遅え」と凹む。しばらく平坦基調が続く。

今日の補給はPower Gel 12個とクランクストップ。15㎞ごとに補給する。水やスポーツドリンクは、エイドで十分間に合う。ただ、湖畔のときには肌寒く感じたが、このあたりから陽が高くなり、日差しが痛い。また、非常に乾燥しているせいか、ノドが痛い。水分補給をあやまると、あっという間に脱水になりそうだ。

Osoyoosの交差点を曲がり、いよいよRitcher Passへ。実際にバイクで登ってみると、なかなかの勾配。そして、素晴らしい眺め、素晴らしい応援。さながら、ツールのようである。うしださんに「眺めがいいですよぉ!!」と声をかけてもらいましたが、本当によかった。

2011_IMC_02B_03_ritcherpass.jpg

Ritcher Passの登りは割と長く続き、やっと登りきった、という感じだった。

ちょっと登りで問題があった。今回はZIPP 404をリアに履いていたのだが、ダンシングのたびにたわんで、ブレーキシューにこすってしまう。それを気にしてか、いつもと少し違うダンシングをしてた。このあたりはよかったが、後々これが響いた。

Ritcher Passのあとは、ズドーンと下る。本当にズドーン、とだ。ものすごいスピードが出る。ただし、この後はいやらしいアップダウンがいくつも続く。下りも登り返しもキツい。下りは本当に70km/hは出る。路面も決してよくなく、怖い。途中、大き目のくぼみを踏んでしまって、ガツンときた。「うぉ~~!!超怖い!!」。声を出さずにいられないほどだった。振り返れば、このアップダウン区間で、ノートラブルだったのは幸いだった。

アップダウンを超えた後は、KEREMEOSまで平坦基調。この辺から抜かれなくなった。むしろ、周りの脚が重くなってるのがよくわかる。少しずつ、少しずつ、巻き返しをはかる。途中、MASAさんからのアドバイスの、パックが遠くにみえたら、そこまで頑張るOver Under Interval的な走りをためしてみた。たしかにこれは順位をあげられる。ただ、まだ自分はこの走りに「向いている」というレベルではない。これからの課題のひとつだ。

KEREMEOSを右折する。

2011_IMC_02B_04_yellowlake.jpg

ここからは唯一ある、折り返し区間。路面は粗く、細かいアップダウンがある。周りのライダーは、軽い登りでも大きくスローダウンする。自分はそこの横を軽く登って抜く、その後の平地で追いついてくるが、また軽い登りで離す。そんなことを繰り返したら、横を走っていたライダーが、声をかけてきた。

「You are Climber!」

周りからみたら、人一倍小さく、細い体型だったので、そう声をかけてきたんだと思うが、Climberといわれるほど、登りは強くない。日本には、ぼくの仲間には、もっと速いヤツがいっぱいいるんだぜ!!

ここで序盤にパスされた、Dr.ヒコイさんを抜き返す。折り返し区間で、前方でかしまさん、うしださんを確認。そんなに離れていない。自分はここまで、自分のペースと走りを貫いて、そこそこいい位置まで来ているように見えた。

折り返し区間が終了し、9番のエイドが過ぎた後は、Twin Lakeまでのダラダラとした登りに入る。ここまで快調だったが、左足に痛みが走る。親指が痛い。踏むたびに痛みが走る。シューズのベルトを、少しきつく締めたことが原因だ。序盤、いつもよりキツイ感じがしていたのだが、そこで直さなかったのがここで響いてきた。すぐさま緩めるが、まったく痛みが引く気がしない。また、ダンシングのたびに、左の外側広筋がピキピキと固まる。この原因は、いつもと違うダンシングフォームをとったツケだ。

せっかくの登り区間だが、ここはクランクストップで痙攣を落ち着かせて、痛みが引くまで我慢の走りを続けた。Twin Lake付近、その後の頂上付近はすごい応援だった。何台もキャンピングカーがとまっており、にぎやかに応援してくれる。

最後のピーク付近、驚いたことに、ここに奥さんがいた。あとで聞いたが、スカハ湖の西側の道、つまりこれから自分たちが下る道を登ってきたらしい。彼女はこの日、100㎞くらいは自転車で移動して応援していただろう。

2011_IMC_race05.jpg

後はペンティクトンに戻る道。下りと平地のみだ。ただ、運が悪いことに今年は向かい風だった。下りもそこそこのスピードしか出ず、平地もそんなにスピードがでなかった。左足の痛みは結局最後までひかず、左の外側広筋もほぐれていない。

アタマをランに切り替え、街中に入ってからは、リカバリーに切り替えて流してバイクフィニッシュした。それでも、文句なしの自己ベスト。ミスがあり、失速したところもあってこのタイムなので、5時間20分台も直に見えてくるだろう。いい気分でバイクを終えることができた。

バイク: 5:31:52 (全体218位 エイジ52位)

【T2】
ボランティアが準備を手伝ってくれた。中に入っていたものを全部だしてくれたので、非常に助かった。バイクジャージを着替え、グローブをはずし、靴ひもを丁寧に一本ずつ縛り、補給食をもって出発。不思議と左足の痛みは消えた。外側広筋もほぐれた。走れることを実感した。

T2: BIKE-TO-RUN 5:14


【ラン】
フィニッシュゲート付近の道路を走る。しかし、Power Barのゲートをくぐったあたりで、右のハムを攣る。去年のチャイナと同じだ。いつもここを攣る。ただ、去年と違うことは、攣りながらも少しでも歩いて距離を縮めた。走りきることしか、自分の頭にない。痙攣が回復した後は、ペースを取戻し、街中を出るまではキロ5分前後をキープした。

2011_IMC_03R_01_start.jpg

時間は14時前後。非常に暑い。1マイルごとのエイドがありがたい。水、氷、コーラ。なんでもある。応援もすごい。日本語で応援してくれる人もいれば、日本国旗を振ってくれる人もいた。なぜか、とても嬉しかった。

湖畔の道からは細かいアップダウンが続く。バイクで走ったので重々承知していたのだが、ランで走るのはまた別だ。少しずつ、脚が削り落とされていくのがわかる。とにかく我慢、我慢。

2011_IMC_03R_02_skaha01.jpg 2011_IMC_03R_03_skaha02.jpg

10マイル、15㎞前後のところは、バイクでとおるMclean Creak Rdの入り口だ。ここにちょうどエイドステーションがあったのだが、そこのボランティアは、それはそれはスタイルのよい、可愛いフラガールがたくさんいた。ここは天国か?と思えるほどだった。

ここからは折り返しまでの6㎞ほどの区間は、アップダウンがさらに強烈になる。登りは自分の脚力を奪っていく。下りでも全然スピードがでない。このあたりでようやく、奥さんに出会えた。ずっと邪魔くさかったハートレートのベルトをはずし、預かってもらった。

2011_IMC_race11.jpg

折り返しまで1時間50分かかった。ずいぶん、アップダウン区間でロスした。しかし、あと半分だ。あと13マイルあるのではない。あと半分なんだ。こういうポジティブシンキングは、練習仲間のゴーイチさんから学んだ。ゴーイチさんは常にポジティブ。超ロングランであと25㎞走らなくてはいけないときでも、「あと半分でしょ」とか、3分15秒ペースのインターバルでも、「あとたった1本でしょ」と、常に前向きな気持ちでいる。自分もいつしか、そのように考えるようになった。

アップダウンでどんどん失速する自分がわかる。ふくらはぎはほとんど痙攣している。右足のカカトも痛い。接地の度に痛む。それでも前にすすむ。マイルあたり、キロあたりにかかる時間は、前半よりかかっているが、それでも、どんどん数が増える、道端の距離表示は、自分を前向きな気持ちにしてくれた。

今回の目標タイムというか、予想タイムは10時間30分。できればそのタイムは切りたいが、復路に入って、そのタイムは厳しくなってきているのがよくわかった。でも脚は動いてくれてる。しらすさんと、真夏の炎天下、55㎞を走った。神田から羽村堰まで。バカだとおもう。でも、この時の「もはや脚が動かないとおもっても、脚は動いてくれる」という経験は、大きな自信になった。

街中にようやく帰ってきた。ここからは意外と距離があり、残りの距離から目標の10時間30分は無理だった。ならば、ランで4時間を切ろう。それには、今のペースを維持、もしくは少しあげることが必要だ。ふと、リスタートでのインターバル練のイメージが頭によぎる。もっと動きにキレとリズムをだそう。いまは、グダグダと脚を動かしているだけだ。もう一度姿勢をただし、腕を振って、前に推進力をだそう。わずかながらも、ペースがあがった。脚はつらいけど、いける。

メインストリートの商店街に帰ってきた。ふと、昨年のコリアでのリタイアから今日までの日々が頭にうかび、泣けてきた。やった、もう絶対に走りきれる。ゴールだ。嬉しくてたまらない。街中での応援に対して、ガッツポーズで応える。歓声があがる。自分はトップでもなんでもないが、嬉しいものは嬉しいんだ!

湖畔の道の、端から端まで走り、折り返してフィニッシュゲートまでストレート。少しずつゲートが大きくなってくるのがわかる。嬉しくてたまらない。花道でハイタッチをしながら通過し、穏やかな気持ちでゴールテープを切った。

2011_IMC_race12.jpg

2011_IMC_04F_finish.jpg

ラン 3:56:30 (191位 エイジ42位)

トータル 10:41:09(191位 エイジ42位)

【フィニッシュ後】
2人のボランティアに支えられ、Tシャツとメダルと帽子をもらった。嬉しい、嬉しすぎる。同時に、右足裏のカカトに激痛が走り始めた。「あ~。。。これ骨がいっちゃってるかな。。。」。リカバリードリンクと、オレンジを少しとり、休んでいると元気になってきた。2人のボランティアに、「本当にありがとう」、とお礼をいって、フィニッシュゲートを後にした。ちょっと歩くとInformationデスクがあり、その前で西内プロご夫婦とうちの奥さんが談笑していた。奥さんはシンガポールハーフアイアンマンで、ご夫婦に大変お世話になっていたのだ。そのお礼をして、少しお話させていただき、一緒に写真をとらせていただいた。

2011_IMC_race09.jpg

その後、Informationデスクでボランティアをやっていた、日本の高校生(留学生)たちと談笑した。「ねえお兄さんはプロなの?」「きつくないの?」「なんでやるの?」。面白いなあ(笑)

少し休憩して落ち着いてきたので、トランジションエリアにバイクと荷物を取りに行った。右足のカカトの痛みは酷く、足を引きずりながらたどり着いた。テントで椅子に腰かけ、患部を確認しようと、靴下を脱いだところ、驚いてしまった。カカトに黒いマメができていた。しかも堅い。ん?マメにしてはずいぶんと堅い?いじっていると、黒い塊が抜け落ちた。なんと直径7㎜ほどの小石だった。靴下の中に入っていたので、スイム⇒バイクのトランジションの際に紛れ込んだようだ。つまり、自分はバイク、ランをこの状態で通したのだった。。。バイクはともかく、ランでは小石が突き刺さって、めり込んだ状態だったので、ふつうだったら痛みで走るどころか、歩くのだったままならないはずだ。我ながら、自分の集中力とか鈍感さに笑ってしまった。

着替えて、トランジションエリアを出た後、ちょうど、うしださんと奥さんが話していた。少しお話して、ここでも記念撮影。うしださん、レース前にぎっくり腰になったのに、バイクとランのキレがすばらしかった。

日差しが強くて暑かったのもあり、ダメージが尋常ではなく、モーテルまでゆっくり帰った。シャワーをあびて休んでいたら、少し回復したので、近くのデニーズまで歩いて食事へ。久しぶりにハンバーガーを食べた。ずっとハンバーガー、我慢していたからね。

__ 2

本当はこの後、フィニッシュゲートにいこうとおもっていたが、前述のとおり、ダメージが酷く、キツかったのでモーテルに戻って休んだ。

キツかった。本当にキツかった。

速報で自分の順位を確認し、ハワイには程遠いことを知った。それでも、大きなケガやトラブルなく、完走した。初めて海外レースで走りきった。バイクで自己ベストを出した。20分も縮めることができた。

嬉しかった。本当にうれしかった。

そんな大きな充実感と、絶望的な疲労感を両方感じながら、ベッドで大の字になって眠りについた。

2011 IRONMAN CANADA 参戦記 その6「4日目 試泳、試走、預託」
2011年09月07日 (水) | 編集 |
とある人から、「カナダ参戦記がなかなかスタートラインを越えず、モンモンとしてる日々なう」、といわれてしまいましたが、遠征期間や移動時間が長いと、それだけ書くこともいっぱいあるわけでして、もう少し、ご理解とご了承の上、本参戦記にお付き合いください。m(__)m

この日も朝、試泳にいきました。朝7時きっかりに入水し、その時の気温、水温、太陽の感じ、水の感覚などを確認しました。15分ほど泳いであがりました。

その後はすぐさまバイクの支度をして試走。この日はMclean Creak Rdの入り口まで行き、
そこで折り返す30㎞ほどのコース。前日と違って、少し、風が穏やかでした。

街に帰ってきて、メインストリートに差し掛かると、なにやらにぎわっていました。土曜の朝市が開催されており、露店がいっぱいでていました。モン&ナオ夫婦はこの手のものの朝市に目がなく、旅行の際には必ず立ち寄るようにしています。ちなみに、高知旅行にいったときも、朝市で大量の物資を買って帰りました。

露店をプラプラあるいていると、同じ宿のホンダさんにお会いし、また、日本のIRONMAN CANADAの主(?)といわれている、ハタさんにもお会いしました。ハタさん、なんとカナダは19回目!!来年は20回目!ただ、今年は直前に足を手術されたため、残念ながらDNSとなってしまいました。非常に引き締まった体をされており、フルマラソンのベストは2時間30分~40分だと聞きました。恐るべし。

そのハタさんに通訳を頼まれました。何回も出場していると、地元の方とお友達になるわけですが、英語がそれほど得意ではないので、話すのを手伝ってほしいとのこと。

その地元の方はハチミツ売りの方で、それはとてもとても優しい感じの女性でした。ハタさんが手術されたこと、明日のレース時はどうしているの?会いにいくよ、ととても気にかけていた。

この方に限らず、ペンティクトンの方々は本当に優しい。言葉づかいや表情、雰囲気がホスピタリティにあふれている。IRONMAN CANADAが人気なのは、街の方、ボランティアの方のホスピタリティが極めて凄い、というのが理由のひとつだとおもう。

しばし、私のヘタクソな英語を通じて談笑した後、ハタさんから、「ここがペンティクトンで一番うまいメイプルシロップ売り場」というところを紹介していただいた。試食したところ、「こ、、、、これはうますぎる!!!!!」。こんなおいしいメイプルシロップがあるなんて!感動してしまって、手持ちの現金をすべて使い倒して、大人買いした(笑) その後、ハタさんにお礼をお伝えして、預託の準備のためにモーテルに戻った。

預託の準備をすすめていたところ、奥さんが「あのメイプルシロップ、もっと買おう」と言い出し、出かけて行った。ちょっとしたら帰ってきたので、「どうだった?」ときいたところ、銀行に両替にいって現金を用意し、リュックがパンパンになるほど買って帰ってきた(笑)。ありがとう!

必要な機材、荷物を準備し、預託に出かけた。預託会場はオカナガン公園。アスリートとボランティア以外は立ち入り禁止。とくにバイクやヘルメットチェックはなく、リストバンドの確認だけでした。アスリート1人1人にボランティアがつき、自分の場所まで案内してくれる。そしてバイクを置いた後、バイクギア、ランギアの場所、着替えのテントなど、事細かに教えてくれた。なんて意識の高いボランティアなんだ。

2011_IMC_04_yotaku01.jpg
【預託待ち中】

ふと気づいた。

「なんでこんなに緊張してるのだろう?」

手が震える、呼吸があらい、ドキドキする。めちゃくちゃ緊張している自分がそこにいた。レースは明日なのに。何回も経験した預託なのに。不思議だった。理由はいまでもよくわからない。

バイクギア、ランギアを所定を置いたところで、ボランティアの方に記念撮影をしてもらった。
2011_IMC_04_yotaku02.jpg 2011_IMC_04_yotaku03.jpg

今回の参加アスリートは約3,000人。この規模になるとトランジションエリアも広大。着替えのテントから自分の置き場所までは結構な距離を走る。順路を確認し、トランジションエリアを後にした。

2011_IMC_04_yotaku04.jpg 2011_IMC_04_yotaku05.jpg

預託を終えた後は昼食へ。いろいろ散策したが、前日にいったPasta Factoryがいい感じだったので、この日も行きました。2人してステーキをチョイス。ただし、サイズは自分の方が大きい。なかなかおいしかった。

2011_IMC_04_yotaku06.jpg

昼食を終えた後は、のんびりと過ごし、軽くランニングした。夕食は初日にいった中華ビュッフェで、大量の炭水化物摂取。食事後はいい感じに眠気も来たので、その流れでシャワーを浴び、まったりして、眠りについた。

明日はいよいよレースデイ。1年かけて準備したものを、試すときが来た。
2011 IRONMAN CANADA 参戦記 その5「3日目 試泳、試走、カーボパーティ」
2011年09月05日 (月) | 編集 |
3日目の朝、ようやく現地時間に合うようになったのか、思った時間に起きることができた。レース時間にあわせて泳ぎにいきたかったので、すぐに朝食をとって準備する。ペンティクトンの朝は少し肌寒い。ジャージを着てでかける。

すぐさまいい感じのトレーラーを見つけて記念撮影(笑)

2011_IMC_03_001.jpg
【どう?】

オカナガン湖では、すでに、多くの人がウェットスーツをきて泳いでいた。今回、奥さんはウェットをもってきてなかったので、Aqua Sphereのブースでレンタルした。このウェット、想像以上によかったらしく、動きやすかったそうだ。ただ、やはり、フルオーダーに比べるとサイズが合わないところあるらしく、「ちょっとくるしー」ともいっていた。やはり、ウェットスーツはメイストームのものに限る。

オカナガン湖はなかなか泳ぎやすかった。しかし、オープンウォーターで淡水というのはどうも違和感がある(笑) やっぱり自分は海が好きらしい。 波や、流れや、海水の味が少し恋しくもあった。

一点、気付いたことがあった。ここは朝陽が強烈にまぶしい。自分のゴーグルはクリアタイプなので、とてもじゃないが、まぶしくて前方確認ができない。これはかなり不利になりそうだったので、後ほど、エキスポでダークタイプを買うことを決めた。

しばし泳いでビーチにあがり、奥さんと談笑していると、なにやら周りがもりあがってきた。

「Oh! That's Underpants Run!」

そうか~、今日がアンダーパンツランの日だったのか!すっかり忘れていた!大会公式イベントではないのだが、かなり認知度が高く、本当にたくさんの下着姿のアスリートが参加していた。ビーチにあがったばかりで写真をとることができなかったが、みてて面白かった。流れとしては、メインストリート沿いにあるスポーツショップ前をスタートし、ぐるっとレイクサイドリゾートホテルの湖畔側を走り、オカナガンビーチで一旦停止して、みんなで体操して(この体操があまりにも怪しい(笑))、またメインストリート前のスポーツショップに戻るという、短いラン。いつになるかわからないが、次に来た時には参加したい。

2011_IMC_03_002.jpg 2011_IMC_03_003.jpg 2011_IMC_03_004.jpg

試泳を終えた後は、軽く食事をとり、今度はバイクの試走へ。街中を抜けて、スカハ湖の湖畔を走り、最初の登りのMclean Creak Rdを登り、再び湖畔の道を戻ってくるコースを設定した。

街中は追い風が吹いており、気持ちよくスピードが乗る。湖畔の道も同様に追い風で、ここも気持ち良くスピードが乗る。昨日もそうだったが、朝はこの風向きが多いようだ。序盤のオーバーペースには注意しないといけない。

また、昨日から思っていたのだが、カナダの道の舗装は、良くはない。結構振動を感じるし、ところどころに溝や、くぼみや、それらの補修をしているところがある。パンクが起こる可能性が高く、ハンドルをとられないように十分に注意しなくてはいけない。

Mclean Creak Rdの入り口までは街中からちょうど15kmくらい。左折してゆるやかに登る。

この直前、2人組の外国人に抜かれたのだが、2人とも共通して、非常に身体が大きい。サドルの高さは、自分のDHポジション時の、頭や背中より高い位置にあるように見える。たとえるなら、こちらは一般車で、向こうは巨大なトレーラー。平地の速さは試走でもよくわかった。

登りに入ると、流しているのもあったとおもうが、2人の外国人は非常に登りが遅く見えた。ペダリングを見ても、平地のときほど上手には見えない。ひょっとして登りはこちらの方に分があるのか?と、このとき少し思った。

Mclean Creak Rdの頂上は前述の通り、いい感じの牧場。道端にバイクをとめて、写真をとった。非常に気持ちがよく、登ってきた奥さんもご覧の表情。

2011_IMC_03_005.jpg 2011_IMC_03_006.jpg 2011_IMC_03_007.jpg

ここからは、下っていく。下りの見通しは悪くなく、勾配もそこそこ。下りきると元の湖畔の道に戻ることができる。この辺りはランの折り返し付近であり、この後はランコースをたどって帰ることになる。

2011_IMC_03_008.jpg

ランの折り返し付近は強烈なアップダウンだった。あとでかしまさんに聞いたが、勾配はガーミンのメーターで15%を超えるところもあったようだ。レースデーの記事でも書きますが、本当に強烈で、ここで一気に脚を削り落された気がします。

復路はなかなかに強い向かい風で、我慢のペダリング。長時間の移動がたたって、腰の調子もわるかったので、少しきつかったです。

街中に帰ってきた後は、The Bike Barnというバイクショップに寄りました。大会のエキスポなみにブースがでていて、OAKLEY、ARGON18、ORCAなどもありました。

朝の試泳で「朝陽が強烈」と書きましたが、昼間はもっと日差しが強く、気温は30度を簡単に越えます。偶然にも、自分はサングラスをダークタイプに替えてきたので、問題はなかったのですが、奥さんはややクリアが強いレンズだったので、こちらにきて「まぶしい、まぶしい」と言っていました。そこで、急きょOAKLEYブースでスペアレンズを試着させてもらうことに。これがかなりよかったらしく、ちょっと持ち合わせがなかったので、後ほどまた来ることを告げて、The Bike Barnを後にしました。

バイクを片づけて、着替えて、昼食をとるついでに再びThe Bike Barnへ。スペアレンズを購入してご満悦。しかも、ちょっといいPolarized。 奥さんは「こっちの方がいいタイプだから、レース時はこっちをつけて」と、スペアレンズを貸してくれた。夫婦で同じサングラスを使っているメリットだ。

昼食はThe Pasta Factoryというレストランへ。ここはメニューの自由度が高く、自分でソースや具や量を選ぶことができた。内装も綺麗で、Wi-Fiも飛んでいて便利なことこの上ない。自分はバジルとガーリックのソースのパスタをチョイスし、奥さんはトマトソースの平麺タイプ、それにクラムチャウダーとサラダをたべた。パンがまたおいしかった。

2011_IMC_03_009.jpg
【試泳と試走でちょっと疲れ気味?】

昼食を済ませた後は、再びエキスポに行き、ダークレンズのスイムゴーグル、CO2カートリッジを購入した。前述のとおり、オフィシャルグッズの人気はすごく、昨日、あれだけたくさんあったサンバイザーはほとんどなくなっていて、バイクジャージも大きいサイズしか残っていなかった。

エキスポを後にした後は、湖畔を歩き、かしまさん、うしださんが宿泊しているTiki Shoresに遊びに行った。

2011_IMC_03_010.jpg
【レイクサイドリゾートで記念撮影】

2011_IMC_03_011.jpg
【名物、巨大オレンジのドリンクスタンド】

2011_IMC_03_012.jpg
【湖の滑り台を見つめる、うちの奥さん。「私もやりたいなあ」】

2011_IMC_03_013.jpg
【船の博物館で記念撮影】

Tiki Shoresのかしまさん、うしださんのお部屋でしばし談笑。柴田プロの話、アンダーパンツランの話、中華ビュッフェでの出来事、その他もろもろ、長々と話した。お会いしたのはほんの2日前なのだが、IRONMANという共通項があるだけで、これだけお話しできるのは、ある意味とても幸せだと思う。仕事の同僚もそうだが、大人になってから、これほど深い関係が新しくできるとは、思ってもいなかった。

2011_IMC_03_014.jpg
【うしださん御手製の補給食入れ。なんとカーボンXにぴったりハマる】

かなり長い時間談笑した後は、いったんモーテルに戻り、カーボパーティまで時間を潰していた。そのカーボパーティだが、3000人を超える規模のレースだと、並ぶ列もすごい!選手以外の人のためのチケットも、長蛇の列。そのカーボパーティの料理だが、正直言って大したことはない。チケットの金額にはあまりあっていないかな(笑)

2011_IMC_03_015.jpg
【カーボパーティ】

カーボパーティが終わった後は、そのまま選手説明会。もっとも、説明会は、すでにWEBサイトで配布されている、選手ガイドの内容の確認程度で、あっさり終わってしまった。自分は選手ガイドを熟読していたので、参加しなくてもよかったかもしれない。

以上で3日目がおしまいです。
4日目はバイクの預託、ギアの預託です。
2011 IRONMAN CANADA 参戦記 その4「2日目 選手登録、女性限定イベント」
2011年09月05日 (月) | 編集 |
バイクコース、そしてランコースの一部をグルっと下見してきた後、かしまさん、うしださんが宿泊しているTiki Shoresに車をとめて、そのまま選手登録にいきました。

2011_IMC_02_009.jpg
【気持ちのよい湖畔の道を歩く】

Tiki Shoresから選手登録を行っているオカナガン公園は近く、5分ほど歩いたら着いた。この日、すでにエキスポはオープンしており、大変賑わっていた。各ブランドのブースは割と少なめだが、オフィシャルグッズのテントは大変大きく、すごく混雑していた。オフィシャルグッズは大人気で、サイズのちょうどよいアームカバーとバイクジャージ、サンバイザー、トランジションバックなどは、次の日以降、ほとんどなくなるほどであった。しばし、このテントでグッズを物色していた。ちなみに、うちの奥さんは写真のIRONMAN CANADAジャージ上下を購入。

2011_IMC_02_010.jpg
【エキスポ入り口】

2011_IMC_02_011.jpg
【冠スポンサーはSUBARU!!】

2011_IMC_02_011_01.jpg
【IRONMAN CANADAジャージ女性版(男性版はピンクの部分が赤)】

グッズの物色、購入を終えたら、お向かいの選手登録テントへ。2枚の紙を渡されて記入し、ゼッケン、スイムキャップ、タイミングチップ、タイミングチップ用のベルトを持っていない人はそれを購入、最後にそれらのグッズを入れるバッグをもらって終了。この辺りはいつもと同じ流れである。ちなみに、最後のバッグの受け取りが終わった後は、2012年の選手登録ができる。いろいろ考えたが、自分は今年のIRONMAN CANADAに1年がかりで準備してきて、いろいろ「かけていた」ものがあったので、2012年の登録はしなかった。

2011_IMC_02_012_01.jpg
【選手登録テント入り口】

2011_IMC_02_012_02.jpg
【書類を書く】

2011_IMC_02_012_03_01.jpg
【書いた書類】

2011_IMC_02_012_03_02.jpg
【選手の証のリストバンド。ビックリマンシールみたいな、キラキラ模様】

2011_IMC_02_013.jpg
【抱えているのが、受け取ったグッズを入れる赤いバック】

その後、しばしエキスポを散策し、その近くにあった売店ですこし遅めの昼食をすませる。あまりにおなかがすいていたのか、写真を撮るのを忘れてしまったが、大変おいしいラップでした。

2011_IMC_02_014.jpg
【エキスポ散策中】

2011_IMC_02_015.jpg
【選手登録のテントのとなりにあるマッサージブース。ちなみに有料】
※後述するが、ロールダウン時にこのマッサージブースで面白いことがおきた。

2011_IMC_02_016.jpg
【POWERBARブースにいた、IRONDOG。かわいい】

選手登録を終えた後は、うしださん、かしまさん、ゲロさんと別れ、モーテルに戻った。戻るとドアに張り紙がしてあって、

「君のバイクがとどいているよ!フロントにきて!」

とあった。すぐさま取りに行って、フロントのスタッフにお礼をいって部屋にバイクを入れた。梱包をとき、ホイール、フレーム、ワイヤー、ディレイラーetc、異常がないか2台とも確認した。まったく問題はなかった。ついに身体も機材も無事にたどり着くことができ、本当に安心した。あとはレースに向けて準備するだけだ。

バイクを組み立てた後は、試走がてら、メインストリートの先にある、スーパーに買出しにいった。今回はレンタカーがないが、2人分の食料を買う分にはバイクとリュックサックがあれば十分。この日は外に食べに行かず、スーパーで買ってきた食材で必要十分な食事をとった。

この後、奥さんは公式イベントのひとつの「Lady's Night」に参加した。その名のとおり、女性限定のイベント。自分は少し疲れていたので、部屋で待っていたが、帰ってきたらパンパンに膨らんだリュックサックとともに帰ってきて、「何だ?」とおもったら大量のボトルを持って帰ってきた。イベントの概要を簡単に話すと、

・女性限定
・ワインをふるまう
・ゲーム大会で賞品ゲット
・その他、グッズもたくさんもらえる

というものだった。ちなみに本当に女性限定だったらしく、同伴の男性はテントの外で腕を組んで待っていたらしい(笑)

その戦利品はこちら。
2011_IMC_02_019.jpg
【ZOOTのゼッケンベルトと大量のバイクボトル】

2011_IMC_02_017.jpg
【ワイン飲み放題?】

2011_IMC_02_018.jpg
【女性オンリー】

以上で2日目はおしまいです。
この後は例によって岩のように眠りました。

2011 IRONMAN CANADA 参戦記 その3 「2日目 下見」
2011年09月03日 (土) | 編集 |
岩のように眠ったが、時差のせいか、たかぶっているせいか、まだ暗いうちにおきてしまった。。。

しかし、まだまだ眠り足りないとおもって、もう1度寝たら、8時をすぎていた(笑) かしまさんとうしださんとの約束は9時。あわてて準備して、朝食をとっていたら、「トントン」とノックが。「あ~~すみません!すぐ準備します!」と、あわてて飛び出した。

かしまさん、うしださんのほかに、今回初IRONMANのゲロさん(ドイツ人)、血液のガンを克服してトライアスリートになったツミタさん、その友人のアツミくん、ナカノくんもいっしょにいった。

街中を抜けて、スカハ湖を右手にすすむ。このあたり概ねフラット。ワイナリーがそこら中に点在しているようで、看板が目に付く。

2011_IMC_02_001.jpg
【スカハ湖 バイクの序盤、ランのほとんどはこの湖畔を走る】

しばらくすると、左折し、最初の短い登りに入る。名前は「Mclean Creek Rd」。ここは次の日、実際にバイクで走ったので、後に写真を掲載します。非常にいい感じの牧場を横にとおり、最後は気持ちよく下って、もとの湖畔の道に戻ります。

この後はしばらくフラットで、片側2車線の大きい道路が続きます。以下のような非常に雄大な岩壁や、山の合間を走ります。非常に面白い。

2011_IMC_02_002.jpg

面白いと言えば、運転してくれている、うしださん。関西のノリのトークがとまらない。かしまさんはそれに対して冷静なツッコミを入れる。下見なのだが、ついつい、お二人の会話を聞きいることに夢中になる(笑)

2011_IMC_02_003.jpg

街中を出て約60km。最初の難関、Richter Passにさしかかる。ちなみに、カナダの道路はキロ表示が標準なのでわかりやすい。Osoyoosという街がRichter Passの入り口なので、道路の看板をみれば後何キロで登りに入るかがわかる。

このRichter Passの特徴はドーーーーンとまっすぐ登る。日本の峠道のようにクネクネ登らない。勾配はまあまあ。非常に眺めがよく、ここの駐車場で一旦休憩をいれた。

2011_IMC_02_004.jpg

Richter Passを登り切った後は、ズドーンと下る。ただし、下った後、いやらしいアップダウンがいくつも続いた。MOROさんに「ここは意外と脚を使いますよ」と教えてもらっていたが、まさにその通りだと思う。下りが強烈だが、その後の登りもなかなかで、登り返しがきつい。ここはポイントだと、よく頭にいれておいた。

いくつかのアップダウンを超えた後は概ねフラット。KEREMEOSという街までずっと行き、ここで右折。唯一ある、折り返し&すれ違い区間に入る。ここはあまり道路が広くなく、そんなに路面もよくない。スペシャルエイドの折り返しまでは、思った以上にあることまで教えてもらって、引き返した。

ここでちょっとしたアクシデント発生。

ブラインドコーナーをあがってきた対向車がかなり膨らんできて、あやうく正面からぶつかるところだった。車内は大騒ぎ。

「うお~!!!!!」「こえ~~!!!!」「あいつインド人やったで!ターバンまいとった!!!」「フロントガラス、われとった!!!」

とにかくことなきをおえてよかった。

折り返し、すれ違い区間を過ぎた後は、あとは最後の登り、YELLOW LAKEまでいく。YELLOW LAKEといっているが、どちらかというとTWIN LAKEというのはメジャーな模様。実際は2つの湖が連なっているようだ。

ここの登りは勾配はそれほどでもないように見えた。(※後述するが、レース時はミスがあったため、きつかった)。ただし、長い。思った以上に続く。

YELLOW LAKEにたどり着いたところ、工事による交通規制があったため、車をとめて休憩した。非常に眺めがよく、気持ちよかった。

2011_IMC_02_005.jpg 
2011_IMC_02_006.jpg

YELLOW LAKEをすぎれば、あとはペンティクトンの街まで下りとフラット。気持いい道がつづいた。。。。と思っていたら、ここで思わぬものと遭遇。

2011_IMC_02_008.jpg

うお~!!!クマだ!!クマ!!!写真は小さいが、実際は大きかった。レース中にでてきたらどうしよう!?なんて盛り上がった。

9時に出発して3時間でバイクコースをほぼ全部下見できた。あとあと実感したが、下見というのは大きい。今後もレース前はできるかぎりやっておきたい、と思った次第でした。

(2日目の続きはまた後ほど)
2011 IRONMAN CANADA 参戦記 その2 「出発、ペンティクトン到着」
2011年09月02日 (金) | 編集 |
少し予定していた時刻より出発がおそくなったが、高速道路は比較的すいており、順調に成田空港に到着した。いつもお世話になっている駐車場の係員に車をピックアップしてもらい、しばし、愛車のモンプレッサ(という名前をつけているインプレッサ)とお別れ(;_;)/~~~

AIR CANADAのカウンターに行き、いつもドキドキする荷物の受託。バイク2台とも、重さ&大きさの上限を超えず、規定のオーバーチャージのみ(1台あたり50カナダドル、この日は日本円で4,000円)で済んだ。

しかし、ここでトラブル発生。

なぜか席予約が無効になってしまっていたらしく、搭乗口で最終的に席が決まり、場合によっては2人バラバラになるかも、とのことだった。大変残念な話だが、こればかりは仕方ない。

少しゆっくりとターミナルで過ごした後、搭乗口へ。

ドキドキしながらチケットを受け取ると、なんとか2人並んで座れることができた。しかし、ふたをあけてみると、4人席の真ん中2つ、という一番避けたいパターンになっていた。うーむ。。。

ぼくの隣はとても大柄なお年寄りの外国人。身長が高いなあ、と思っていたら、どうも受け答えや行動が少し変わっているように見えた。

う~む、、、と心配していたら、待てど暮らせど飛行機が動かない。どうやら、機材の調子が悪く、電力系統がおかしくなっていて点検に時間を要している様子。CAや機長が説明していると、突然電力が落ちる。おいおい!大丈夫かよ~~~。

結局2時間30分ほど待った結果、なんとか飛び立てる状態になった。しかし、機内のエンターテイメントなしでの航行となってしまった。ロングフライトで映画を見れないのは辛いが、幸い、PSPを持ち込んでいたので、モンハンで時間をつぶすことができた。

さて、問題は御隣のお年寄り。困った行動をかなりとっていた。

・ワインやビールをたくさん飲む。
・トイレでタバコを吸ったのがCAにバレて厳重注意。
・酔いつぶれて眠ってしまって、こちらにかなり寄っかかる。
・寄りかかり方がひどかったので、「大丈夫?」と声をかけたら、「ここはどこだ?」とか言う。
・挙句、Fワードをいって、再び眠りにつく。

そんなこんなで気になってしまって、あまり眠れずにバンクーバーにたどり着いた。バンクーバーでは4時間以上、トランジットで待つ必要があったが、出発の遅延で大分待ち時間が短縮された。気分的にずいぶん楽になった。

バンクーバーでのトランジットでは、愛知から参加のかしまさんと初めてお会いできた。とても背が高く、かっこ良い人で、バイクがとても速い。ツイッターやFacebookですでに連絡をとりあっていたため、初対面ながらもいろいろお話ができた。

また、かしまさんからのご紹介で、同じく愛知から参加のうしださんともお話しができた。御好意で、次の日に行く下見に同行させていただくことになった。これは後に、レース時にとてもいかされることになった。

バンクーバーからペンティクトンまでは前述のとおり、50人乗りのプロペラ機で移動する。1時間くらいの非常に短いフライト。ついにペンティクトンにたどり着くことができた。

2011_IMC_001.jpg


2011_IMC_002.jpg


スーツケースを受け取った後、AIR CANADAの係員にバイクの届け先と、荷物ナンバーをつげ、タクシーでMOTELへ。少し変更が必要だったが、無事にチェックイン。

なんとか身体は宿泊先までこれた!!

宿泊先にたどり着けてほっとしたのか、この日は近くの中華レストランで食事後、岩のように眠ってしまった。

2011_IMC_004.jpg


明日はいよいよ下見と、選手登録。そして、バイクは無事に到着するのか!?

2011 IRONMAN CANADA 参戦記 その1
2011年09月01日 (木) | 編集 |
2011年 IRONMAN CANADA参戦記を数回にわけてつづりたいと思います。

この参戦記は、ちょうど1年前のIRONMAN CANADAのレースの次の日から始まることになります。

その理由は、レースの次の日の、現地時間の月曜PM 12時から始まる、わずかな枠のWEBエントリーに滑り込まなくてはならないからです。今でもよく覚えてますが、ちょうど日本時間の火曜AM 4時なので、その日はサニーフィッシュに行く前に、エントリー手続きをすませました。

次に問題なのは宿。

レース会場のペンティクトンは小さな街で、レース会場近くのアクセスのよい宿は、レースの次の日くらいから予約が入り始めてしまいます。そのため、あらかじめ、GoogleやペンティクトンのHPを駆使して、宿の候補をいくつかあげ、コンタクトして予約が可能か確認しておきました。

その結果、偶然にも1つだけは自分で確保できたのですが、2010年大会に参加されていたMOROさんから、現地で確保してきた、いい感じのMOTELがまだ空きがあることを教えてくださったので、すぐにコンタクトをとり、そのMOTELを確保することができました。

P8311414.jpg
【宿泊したMOTEL(写真撮影:MOROさん 2010年)】


同様に航空券。

成田-バンクーバー間は、比較的たくさん飛行機が飛んでいるのでなんとかなりますが、バンクーバー-ペンティクトン間は50人乗りのプロペラ機で入ることになります。つまり、席数が大変少ない!早目の確保がMUSTとなります。

これについても、MOROさんからAIR CANADAの本家のサイトでの予約方法を教えてもらいながら、半年前の2月頃、燃料サーチャージが跳ね上がる前に往復とも確保できましたた。ついでに席も決めておきました。

jazz.jpg
【こんな小さな飛行機】

このように、ぼくのIRONMAN CANADAの参戦準備は、MOROさん抜きでは成し遂げられなかったほど、大変お世話になり、現地に入ってからもレンタカーをシェアして、コース下見や買出しなどいっしょにいきましょうと、声をかけていただいていたので、カナダの参戦経験があり、英語も堪能なMOROさんと同行させていただくのは大変心強かったのです。


しかし!!!


8月に入ってから、大変残念なことに、MOROさんが参戦ができなくなってしまいました。ツアーで参加する方々と、ほぼ同じ日程となることはわかったのですが、基本的に、自分たちでなんとかするしかない。

残念ながら、自分の英語力は大したことない。

万が一、バンクーバーやペンティクトンまでの移動でバイクや荷物がロストしたらどうするのか、空港-宿の移動はどうするのか、帰りのバイクの運搬はどうするのか、不安ばかり募る。やり方はMOROさんから教えてもらっていたが、はたしてうまくいくのか?

必要な資料、参考資料をプリントアウトし、インデックスをつけてファイルにしてそれを必携資料とし、家を後にした。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。